失敗は情報として読む:自分を責めず他人事のように教訓を拾う
失敗には学びが詰まっている、とよく言われます。それなのに、自分のしくじりに限っては、振り返っても教訓をうまく拾えないことがあります。
シカゴ大学のエスクライス-ウィンクラーとフィッシュバックは、答えを知らず勘で選ぶ二択クイズで実験しました。正解も不正解も運任せで、不正解の人が特に不出来なわけではありません。それでも後のテストでは、不正解と言われた人のほうが学べていませんでした。失敗が痛手になり、つい目を背けるからだと研究者は見ています。同じ研究で他人の失敗を見せたときには学べたので、正体は失敗が「自分事」になることでした。
だから振り返るときは、自分の失敗も、他人の失敗を見るときのように、一歩引いて「情報」として扱ってみましょう。ポイントは、結果を自分への評価から切り離すことです。何が起きて、次は何をすればいいかを、その失敗を知らない誰かに教えるつもりで、淡々と事実として書き出します。自分を責める言葉はいったんわきに置き、書き出した中身から、次に変えることを決めて終わりにします。